2008年01月10日
千曲川の渡し
JR飯山線立ヶ花駅のそばに、曾峰公園があります。そこにあるのが、
「千曲川 川船の碑」と「船着き場」の石碑です。
現在は、かなり高いところにありますが、僕の子供の頃は、もっと千曲川の川淵にありました。「千曲川 川船」の石碑もありませんでした。
この辺りに、千曲川の渡し舟があった場所で、文豪島崎藤村も今のJR豊野駅まで、汽車に乗り、ここ立ヶ花まで歩き、ここから船に乗り飯山方面に出かけたそうです。
昨日、長野新潟間の信越線が開通し、急送に千曲川の船便の役割が衰えていったと書きましたが、信越線開通後も船便はあったようで、飯山線が開通するまでは、飯山へは千曲川を使っての船便だったようです。
その後、立ヶ花では、船での「渡し」から「舟橋」に変わります。千曲川に船を並べ、その上に板を敷き、橋としたそうです。立ヶ花は、豊野まで汽車に乗り、そこから湯田中や渋への「湯治」に向かう際には、必ず通らなければならなかったようで、比較的早くに舟橋に変わり、それが木橋となって行きます。豊野は従って、奥信濃への出立点となっていて、今は全く面影すらありませんが、小料理屋があり、旅館があり、関東方面から、蒸気機関車で豊野の地までやってきて、そこから渋方面へ湯治のために旅立って行ったようですから、当時はかなり栄えたようです。その後、長野電鉄が開通し、湯田中方面へは、長野から直接行けるようになり、豊野の奥信濃への出立点としての役割は終わっていきます。交通機関の発達とともに、時代はどんどん変わっていきます。
今、北陸新幹線が開通に向けて突貫工事がなされています。
この開通により、時代が変わっていきますが、北信地区の町並みなどもまたどう変わっていくのか、見守りたいと思います。
立ヶ花船場跡の碑。
昔は、千曲川の川べりにありました。

ゆったりと流れる千曲川。
今も昔もとにかく「ゆったり」と流れるというイメージがあります。
しかし、台風などにより増水すると、その様は一転します。

善光寺平のくだものたち リンゴ・桃・梨
「完熟」&「完熟」の 「完熟サンふじ」
信州北信濃 坂爪農園 信州ギフト
「千曲川 川船の碑」と「船着き場」の石碑です。
現在は、かなり高いところにありますが、僕の子供の頃は、もっと千曲川の川淵にありました。「千曲川 川船」の石碑もありませんでした。
この辺りに、千曲川の渡し舟があった場所で、文豪島崎藤村も今のJR豊野駅まで、汽車に乗り、ここ立ヶ花まで歩き、ここから船に乗り飯山方面に出かけたそうです。
昨日、長野新潟間の信越線が開通し、急送に千曲川の船便の役割が衰えていったと書きましたが、信越線開通後も船便はあったようで、飯山線が開通するまでは、飯山へは千曲川を使っての船便だったようです。
その後、立ヶ花では、船での「渡し」から「舟橋」に変わります。千曲川に船を並べ、その上に板を敷き、橋としたそうです。立ヶ花は、豊野まで汽車に乗り、そこから湯田中や渋への「湯治」に向かう際には、必ず通らなければならなかったようで、比較的早くに舟橋に変わり、それが木橋となって行きます。豊野は従って、奥信濃への出立点となっていて、今は全く面影すらありませんが、小料理屋があり、旅館があり、関東方面から、蒸気機関車で豊野の地までやってきて、そこから渋方面へ湯治のために旅立って行ったようですから、当時はかなり栄えたようです。その後、長野電鉄が開通し、湯田中方面へは、長野から直接行けるようになり、豊野の奥信濃への出立点としての役割は終わっていきます。交通機関の発達とともに、時代はどんどん変わっていきます。
今、北陸新幹線が開通に向けて突貫工事がなされています。
この開通により、時代が変わっていきますが、北信地区の町並みなどもまたどう変わっていくのか、見守りたいと思います。

立ヶ花船場跡の碑。
昔は、千曲川の川べりにありました。

ゆったりと流れる千曲川。
今も昔もとにかく「ゆったり」と流れるというイメージがあります。
しかし、台風などにより増水すると、その様は一転します。

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2008年01月09日
商都 小布施 その1
昨日に続き小布施のことです。
小布施の街を歩くと「赤いポスター」が目立ちます。
小布施の「安市」のポスターです。安市は小正月の15日あたりに開かれるお祭りで、その露店の多さには驚きます。
祖母が、小布施の山王島の出身だたため、物心ついた頃からこの安市には行っていました。豊野ではこういった露店が出る祭りや市が大規模でなかったので、その規模の大きさは子供心にも羨ましかったのを覚えています。
この安市のように、小布施が商業都市であったことは、節々で窺えます。まず北斎館に飾られている「祭り屋台」2台あるのですが、この祭り屋台が、「上町」と東町」のものだそうで、詳しくは調べていないのですが、上町・東町は、行政単位でいうと「小字」ではないかと思います。「小字「」単位で、これほど、荘厳な街り屋台を所有するとなると、かなりの財力が必要かと思います。
さらに小布施には、造り酒屋が4件もあります。「枡一市村酒造」「高澤酒造」「松葉屋」「小布施酒造」。車で移動しても、ものの15分程度で端から端を移動できるほど小さな小布施の街に4件もの造り酒屋があり、平成の今日まで、繁栄し続けるということは、かなりの小布施の歴史的背景とともに、ここの造り酒屋さんに、小布施以外への移出が可能だったという「営業力」があったのではないかと思います。
さらに栗菓子もしかりで、「桜井甘精堂」「栗庵 風味堂」「小布施堂」「塩屋櫻井」「竹風堂」等まだまだ沢山あるのですが、ちょっと数えただけでこれだけあります。
江戸の頃から善光寺講のように善光寺詣ではあったにせよ、善光寺からは徒歩でかなりの距離。小布施の地が祭り屋台が作られ、造り酒屋がこれだけあり、江戸時代に創業した栗菓子屋さんがここまで増えたということは、小布施商人の心意気もさることながら、地理的な魅力があるのではないかと思います。明治に入り、信越線で新潟長野間が開通したため、東京の隅田川やロンドンのテムズ川のようには余り発展しなかった千曲川の水運のようですが、小布施の地に与えた千曲川の水運の力は大きいような気がします。このあたりも詳しく調べてみたいと思います。
「高井鴻山」をしてかの葛飾北斎を招いた「小布施」。北斎にしても齢80歳を過ぎて、北信濃の小布施の地に3年半もの長きに渡り住んだということは、小布施の地には商都としての魅力もさることながら、地理的に繁栄しえた魅力がありそうです。それが小布施ならではの商品にあったのか、小布施と千曲川等の交通手段が結びついた結果なのか、詳しく調べご案内したいと思います。


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小布施の街を歩くと「赤いポスター」が目立ちます。
小布施の「安市」のポスターです。安市は小正月の15日あたりに開かれるお祭りで、その露店の多さには驚きます。
祖母が、小布施の山王島の出身だたため、物心ついた頃からこの安市には行っていました。豊野ではこういった露店が出る祭りや市が大規模でなかったので、その規模の大きさは子供心にも羨ましかったのを覚えています。
この安市のように、小布施が商業都市であったことは、節々で窺えます。まず北斎館に飾られている「祭り屋台」2台あるのですが、この祭り屋台が、「上町」と東町」のものだそうで、詳しくは調べていないのですが、上町・東町は、行政単位でいうと「小字」ではないかと思います。「小字「」単位で、これほど、荘厳な街り屋台を所有するとなると、かなりの財力が必要かと思います。
さらに小布施には、造り酒屋が4件もあります。「枡一市村酒造」「高澤酒造」「松葉屋」「小布施酒造」。車で移動しても、ものの15分程度で端から端を移動できるほど小さな小布施の街に4件もの造り酒屋があり、平成の今日まで、繁栄し続けるということは、かなりの小布施の歴史的背景とともに、ここの造り酒屋さんに、小布施以外への移出が可能だったという「営業力」があったのではないかと思います。
さらに栗菓子もしかりで、「桜井甘精堂」「栗庵 風味堂」「小布施堂」「塩屋櫻井」「竹風堂」等まだまだ沢山あるのですが、ちょっと数えただけでこれだけあります。
江戸の頃から善光寺講のように善光寺詣ではあったにせよ、善光寺からは徒歩でかなりの距離。小布施の地が祭り屋台が作られ、造り酒屋がこれだけあり、江戸時代に創業した栗菓子屋さんがここまで増えたということは、小布施商人の心意気もさることながら、地理的な魅力があるのではないかと思います。明治に入り、信越線で新潟長野間が開通したため、東京の隅田川やロンドンのテムズ川のようには余り発展しなかった千曲川の水運のようですが、小布施の地に与えた千曲川の水運の力は大きいような気がします。このあたりも詳しく調べてみたいと思います。
「高井鴻山」をしてかの葛飾北斎を招いた「小布施」。北斎にしても齢80歳を過ぎて、北信濃の小布施の地に3年半もの長きに渡り住んだということは、小布施の地には商都としての魅力もさることながら、地理的に繁栄しえた魅力がありそうです。それが小布施ならではの商品にあったのか、小布施と千曲川等の交通手段が結びついた結果なのか、詳しく調べご案内したいと思います。


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2008年01月08日
千曲川 その1
昨日は、小布施の北斎館に行ってきました。北斎のことはまた書くとして、北斎を江戸から招いて、小布施の地で北斎館にある祭り屋台の天井画や岩松院の鳳凰の天井画を描いてもらったのが、豪商「高井鴻山」です。鴻山は、江戸末期から明治期に掛けて活躍した人で、塩屋とも呼ばれたことからその地域の塩の扱いを一手に担っていたようです。
もともとは、「市村」姓でしたから、現在の「枡一酒造」や栗菓子の「小布施堂」は、市村氏の経営ですから、今でも豪商の名残は伺えます。子供の頃は、高井鴻山の末裔の市村郁夫という方は、確か県議会議員もしていたような記憶があります。
さて、その市村鴻山こと「高井鴻山」は、千曲川の水運を利用して、新潟から千曲川を使って小布施の地まで海運業(水運業)を営もうとした節があるようです。
当時、小布施やここ豊野町は、リンゴなどまだ無く、明治初頭ですから、はたまた「蚕」もまだ本格的に始まっていなかったようで、綿を栽培していたようです。今でも、小布施や豊野の千曲川沿岸に無数の「菜の花」が春になると咲き誇るのはその名残でしょう。油は、絞って、油にし、須坂から峠を越え、群馬県に運ばれ、江戸に移出されたようです。その油は、行灯等に使われたようです。そうした油などを千曲川を使って、新潟まで運び、新潟からまた山国長野に無い物資を運び、販売する方法が考えられたのでしょう。
明治20年代に入り、信越線が開業し、長野新潟間が、鉄道で結ばれるようになると、千曲川の水運業の話は、一気にその力を失っていったようです。
その当時もし、千曲川の水運業が盛んになり、新潟長野間の通運の一大勢力になっていれば、今の千曲川にも、東京の隅田川や江戸井川のように、ポンポン船が行き来し、もう少し華やかな光景が今でも見られたのかもしれません。
現在、千曲川は、昔のような「サケ漁」もなく、船の行き交うことも無く、ゆったりと流れていますが明治の初頭には、交易の担い手たらんとしようとしたことはなかなか奥が深い川だと改めて痛感いたします。
小布施の街の北斎館。
北斎館を中心に、栗菓子の老舗が立ち並ぶ。


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もともとは、「市村」姓でしたから、現在の「枡一酒造」や栗菓子の「小布施堂」は、市村氏の経営ですから、今でも豪商の名残は伺えます。子供の頃は、高井鴻山の末裔の市村郁夫という方は、確か県議会議員もしていたような記憶があります。
さて、その市村鴻山こと「高井鴻山」は、千曲川の水運を利用して、新潟から千曲川を使って小布施の地まで海運業(水運業)を営もうとした節があるようです。
当時、小布施やここ豊野町は、リンゴなどまだ無く、明治初頭ですから、はたまた「蚕」もまだ本格的に始まっていなかったようで、綿を栽培していたようです。今でも、小布施や豊野の千曲川沿岸に無数の「菜の花」が春になると咲き誇るのはその名残でしょう。油は、絞って、油にし、須坂から峠を越え、群馬県に運ばれ、江戸に移出されたようです。その油は、行灯等に使われたようです。そうした油などを千曲川を使って、新潟まで運び、新潟からまた山国長野に無い物資を運び、販売する方法が考えられたのでしょう。
明治20年代に入り、信越線が開業し、長野新潟間が、鉄道で結ばれるようになると、千曲川の水運業の話は、一気にその力を失っていったようです。
その当時もし、千曲川の水運業が盛んになり、新潟長野間の通運の一大勢力になっていれば、今の千曲川にも、東京の隅田川や江戸井川のように、ポンポン船が行き来し、もう少し華やかな光景が今でも見られたのかもしれません。
現在、千曲川は、昔のような「サケ漁」もなく、船の行き交うことも無く、ゆったりと流れていますが明治の初頭には、交易の担い手たらんとしようとしたことはなかなか奥が深い川だと改めて痛感いたします。
小布施の街の北斎館。
北斎館を中心に、栗菓子の老舗が立ち並ぶ。


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2008年01月08日
リンゴの木
31日から3日ほど雪が降り続いた信州北信濃ですが、3日からかなり良いお天気で、連日積もった雪もすっかり融けました。リンゴ畑では、12月5日頃までりんごの収穫を行い、その頃はまだ木に「葉っぱ」があったのですが、いつの間にかすっかり「葉」が落ち、りんごの裸木だけが、田んぼの中に、あります。
隣の家のリンゴ畑には、小リンゴの「アルプス乙女」がまだ木についていました。
小さなこのリンゴは、倭リンゴで、在来のりんごの一種です。今のサンふじのような大きなリンゴは、明治期にアメリカ等から入ってきたリンゴの一種です。ほとんど観賞用の倭リンゴですが、スズメにとっては絶好の餌のようです。この時季、雪に覆われて、何も啄ばむものが無くなりますから、木にまだ実っているこの「倭リンゴ」は僕ら人間は見向きもしませんが、スズメには越冬するための食料となるでしょう。
農作業は、この後「剪定」が、リンゴ・桃・梨でスタートします。
今年は、大雪になりそうだと天気予報は述べていましたが、どうかなあ???というのが今のところの状況。雪が降らなければ、剪定作業はかなりはかどりますから。剪定の専門技術が無い僕は、今年も大先輩たちに混じって、技術の習得に努めたいと思います。


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隣の家のリンゴ畑には、小リンゴの「アルプス乙女」がまだ木についていました。
小さなこのリンゴは、倭リンゴで、在来のりんごの一種です。今のサンふじのような大きなリンゴは、明治期にアメリカ等から入ってきたリンゴの一種です。ほとんど観賞用の倭リンゴですが、スズメにとっては絶好の餌のようです。この時季、雪に覆われて、何も啄ばむものが無くなりますから、木にまだ実っているこの「倭リンゴ」は僕ら人間は見向きもしませんが、スズメには越冬するための食料となるでしょう。
農作業は、この後「剪定」が、リンゴ・桃・梨でスタートします。
今年は、大雪になりそうだと天気予報は述べていましたが、どうかなあ???というのが今のところの状況。雪が降らなければ、剪定作業はかなりはかどりますから。剪定の専門技術が無い僕は、今年も大先輩たちに混じって、技術の習得に努めたいと思います。


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2008年01月06日
イチゴ狩り
土曜日から農産物直売所「アグリ長沼」の今年の営業がスタートいたしました。時期的に、青物野菜はほとんどありませんでした。
強いて言えば、ほうれん草くらいでしょうか。ほうれん草も1束100円くらいとスーパーの値段の半値くらいあってすぐに売切れてしまうそうです。
元旦から、ハウス栽培のイチゴ狩りが出来るようになったようです。
原油の値上がりで、大変のようです。かといって、イチゴ狩りのお値段にそう上乗せも出来ないのが実情のようです。
アグリ長沼のりんごジュースのコーナーの隣に我が家のサンふじコーナーがありますので、お近くにお立ち寄りの方はぜひ覗いてみてください。イチゴ狩りというと、都内に努めいていた頃によく、静岡に行きまして、立ち寄ったものです。長野のイチゴ狩りはどうでしょうか。行ってみたいものです。
国道18号線の入り口には、「イチゴ狩り」のノボリ旗が。

店内には、料金表がありました。
高いのかどうかはちょっと不明・・・。

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強いて言えば、ほうれん草くらいでしょうか。ほうれん草も1束100円くらいとスーパーの値段の半値くらいあってすぐに売切れてしまうそうです。
元旦から、ハウス栽培のイチゴ狩りが出来るようになったようです。
原油の値上がりで、大変のようです。かといって、イチゴ狩りのお値段にそう上乗せも出来ないのが実情のようです。
アグリ長沼のりんごジュースのコーナーの隣に我が家のサンふじコーナーがありますので、お近くにお立ち寄りの方はぜひ覗いてみてください。イチゴ狩りというと、都内に努めいていた頃によく、静岡に行きまして、立ち寄ったものです。長野のイチゴ狩りはどうでしょうか。行ってみたいものです。
国道18号線の入り口には、「イチゴ狩り」のノボリ旗が。

店内には、料金表がありました。
高いのかどうかはちょっと不明・・・。

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2008年01月05日
野沢菜
昨年の12月に漬け込んだ「野沢菜漬け」が美味しい頃となりました。野沢菜は、秋口に蒔いたものを我が家では12月の初旬に漬け込みます。味付けは、「塩」と「鷹の爪」のみ。あとは、自然の中に漂う「酵母」にお任せです。自然のなかの酵母に任せるというと日本酒と同じ原理です。このあたりでは、野沢菜漬けの呼ぶよりは、「お葉づけ」と呼んでいます。
味付けは、それぞれの「家庭の味」があって、ご近所でも異なります。冬になり、お茶に呼ばれる機会が多くなった昨今、ご近所同士で「このお葉漬け」の味わい比べもなかなか楽しいものです。もともと「野沢菜」はカブの一種で、野沢温泉村の和尚さんが江戸時代に京都に遊学し、帰郷する際に持ち帰り、故郷の野沢温泉に植えたところ、カブでなく、「野沢菜」が育ち、以後この「葉っぱ」を食すようになったことから、生まれたもののようです。
信州ならではの、野沢菜と自然の酵母のコラボレーションといったところでしょうか。
昨今は、少々お醤油を入れて漬ける、「お醤油漬け」がはやりだしました。塩ベースの野沢菜漬けより、濃い口でパンチがあります。都内や若い方にはこちらの方が人気があります。
お茶のお供に、ご飯のお供に欠かせない冬の「必需品」です。
この後、春先までいただきますが、古くなればなったほど、「鼈甲色」に変わり、味も染み込み美味しくなります。
これからも、また楽しみで、お酒が進みそうです。
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味付けは、それぞれの「家庭の味」があって、ご近所でも異なります。冬になり、お茶に呼ばれる機会が多くなった昨今、ご近所同士で「このお葉漬け」の味わい比べもなかなか楽しいものです。もともと「野沢菜」はカブの一種で、野沢温泉村の和尚さんが江戸時代に京都に遊学し、帰郷する際に持ち帰り、故郷の野沢温泉に植えたところ、カブでなく、「野沢菜」が育ち、以後この「葉っぱ」を食すようになったことから、生まれたもののようです。
信州ならではの、野沢菜と自然の酵母のコラボレーションといったところでしょうか。
昨今は、少々お醤油を入れて漬ける、「お醤油漬け」がはやりだしました。塩ベースの野沢菜漬けより、濃い口でパンチがあります。都内や若い方にはこちらの方が人気があります。
お茶のお供に、ご飯のお供に欠かせない冬の「必需品」です。
この後、春先までいただきますが、古くなればなったほど、「鼈甲色」に変わり、味も染み込み美味しくなります。
これからも、また楽しみで、お酒が進みそうです。

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2008年01月04日
餅アレコレ
正月といえば、餅です。餅は、12月28日につきました。自家用に栽培した「餅米」を蒸して、つきます。僕が子供の頃は、庭に急遽釜戸を作り、その釜戸に薪をくべて、もち米を蒸し、ついていました。今では、蒸しからつきまで全て、機械が行なってくれます。
味気ないといえばそれまでですが、何度にも分けて餅をつくり、「お供え」用の餅にしたり、のして正月にいただきます。
お供え用の餅は、「お飾り」と呼び、ドンド焼きが行なわれる1月15日頃まで、神棚や床の間に飾られます。
のし餅は、雑煮やお汁粉・あべかわ餅にして、下手をすると朝昼晩の3度いただきます。さすがに食生活が多様化した今日ではいただくなり増したが。
雑煮は、昔から各地域によって、味のベースが違いますが、我が家では、お醤油仕立てに「白菜・油揚げ・かまぼこ」などを入れます。
のし餅は、四角く切りますが、その「切れ端」は集めて小さく切り、こちらは更に通常の餅より乾燥させて、油であげて「あられ」にします。どちらかというと、油でこんがり揚げるので、おかきのようです。こちらも正月ならではのお菓子です。

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味気ないといえばそれまでですが、何度にも分けて餅をつくり、「お供え」用の餅にしたり、のして正月にいただきます。
お供え用の餅は、「お飾り」と呼び、ドンド焼きが行なわれる1月15日頃まで、神棚や床の間に飾られます。
のし餅は、雑煮やお汁粉・あべかわ餅にして、下手をすると朝昼晩の3度いただきます。さすがに食生活が多様化した今日ではいただくなり増したが。
雑煮は、昔から各地域によって、味のベースが違いますが、我が家では、お醤油仕立てに「白菜・油揚げ・かまぼこ」などを入れます。
のし餅は、四角く切りますが、その「切れ端」は集めて小さく切り、こちらは更に通常の餅より乾燥させて、油であげて「あられ」にします。どちらかというと、油でこんがり揚げるので、おかきのようです。こちらも正月ならではのお菓子です。


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2008年01月03日
2008年 リンゴやスタートです。
08年の新年があけました。本年もリンゴ・桃・梨・信州の地酒といった旬の善光寺平のくだものたちを中心にご案内したいと思います。
今年もよろしくお願いいたします。

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今年もよろしくお願いいたします。

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